木間々山荘
Ⅰ 「永源寺の家」への想い
設計期間が決まっていたわけではなく、何度も打ち合わせを重ねました。建築の話に留まらず、陶器の話、料理の話、造り酒屋さんを訪ねた時の話、茶道の話など、多種多様に渡って話しをして頂きました。方向性をお互いに確認しながら、計画が少しずつ進んで行き、最終案がまとまるまで、8ヶ月を要しました。この期間は僕にとって貴重な時間となりました。
工事期間は1年9ヶ月に及びます。工事は施主主体の分離発注方式によります。大工仕事は宮大工さん一人で全てを施工されました。施主も週に1度ほど現場に足を運ばれ、大工さんの手元を手伝いながら順番に出来ていく過程を楽しんでおられました。この姿を見て、物造りの原点を見たような思いがします。すごく新鮮でした。大工さんも、せかされることなく心ゆくまで仕事に打ち込めたのですから、幸せだったのではないかなぁと思っています。僕ももの造りの原点に立ち返り、設計の仕事をしていきたいと思います。
Ⅱ 施主の希望と宮大工さん
施主からの要望で一番大事なことは、「知人の宮大工さんの建てた家に棲みたい。」でした。ただお任せするのではなく、間取りや使い勝手、寸法については、設計者に相談しながら決めていきたいと、施主は考えておられました。
二番目に、施工の段階で宮大工さんの意見と設計図とが異なる場合、大工さんの意見を尊重してほしいということでした。つまり、大工さんに気持ちよく仕事をしてもらう環境を作られたのです。結果的には、宮大工さんのお人柄だと思いますが、決して設計を無視するのではなく、むしろ図面を尊重しながら、自分の楽しみも入れていかれたと感じています。
宮大工さんのお話では、寺社の改修で出た古材を捨てるのではなく、次何かに使える場面が出てくるまで、大事に保管しているのだそうです。
玄関の式台は、お寺の改修工事ででた廃材を磨き直して使用しています。玄関戸の袖壁は古民家の門戸を譲り受けたものです。古い木の臼を輪切りにして欄干にしています。以前造った肘木が不要になったので、この家の濡縁の屋根を支えています。装飾材から構造材に至るまで多くの古い木材を使用しています。古材を持ってきてはどこに使おうかと相談しながら、設計だけでは到底出来ないもの造りを実践されていきました。
木は百年単位でよく話しをされますが、木が成長し、製材され、建物が変わってもまだ使われ続ける「木」は、物の大切さを教えてくれます。
Ⅲ 敷地の背景
紅葉で有名な永源寺の近くに建築地は位置します。
敷地は北側が雑木林で残り三方が杉林に囲まれています。敷地の南側に道路があり、自然にできていた築山を介して建築をみることができます。僕が初めて現場に来た時の印象は、「この林の中で、でしゃばった建物を造ったらあかんなぁ。」でした。そうすると、平屋建てで、軒の低い建物が自然に浮かび、周辺の木になじむ建築を目指しました。屋根は日本瓦で一番美しいと思われる4.5寸勾配にしています。屋根の高さを抑えるために、掃き出し窓の既製品寸法を梁下寸法にして、建物全体の高さの基準にしました。
東側隣地には、この周辺の山を祭っている山の神様の燈籠があります。
ご主人はこの土地を20年前に購入しましたが、整地はしたものの家の建設にまで至りませんでした。その際土木工事の親方が「多くの石が出てきたので、野積擁壁を是非やりたい」と施主に希望されたそうです。東側の一部がこの野積擁壁により1mほど低くなっています。この高低差を利用して、建物の一部を束立てにしました。
玄関の配置には大変苦慮しました。建物の正面にするのではなく、もっと奥ゆかしさとか控えめな感じにしたいと思いました。結果、高床の束立ての横を通り、山の神様の燈籠を拝見しながら進み、敷地の奥まった所に玄関を配置しました。我々都会の人から見ると、この自然は贅沢な環境です。来訪者にこの非日常の空間を感じてもらえる様なアプローチの動線を考えました。
Ⅳ 設計で考えたこと
施主所有の古い階段箪笥があり、是非新しい家で使いたいと言われました。そこで家の顔でもある玄関の上部に飾り棚(ロフト)を設けて実際に階段を使用するように配置しました。現在この上部飾り棚には、大きな壷が飾られています。玄関の式台からちょうど見やすい位置です。「物が場所を選ぶとは、良く言ったものですねぇ。」と施主が言われたのが、印象的です。玄関戸は硝子の片引戸で式台から見ますと、山の神様の燈籠が目に入ります。
式台から部屋に入ります。ホテルのロビーに該当する、囲炉裏の間です。囲炉裏の間からそれぞれ、和室・居間・広縁と行くことが出来ます。囲炉裏には、五徳と鍛冶屋さんに作ってもらった鋼の角棒があり、料理を楽しむ工夫がされています。また台所とは、対面カウンターになっていて、料理屋さながら食事をすることも出来ます。施主は仕事柄、飲食店さんに知人が多く、利き酒会やお酒に合う料理の研究会などをされており、最多で20人くらいが来られても大丈夫なようにと考えています。居間と囲炉裏の部屋は一間半の引き込み戸を設けてあり、一体で使えるようにしてあります。
居間には、堀コタツと堀カウンターを設けました。この部屋はテレビ・パソコン・電話などをまとめてあり日常使いの部屋の位置づけです。
台所は、囲炉裏の部屋のカウンターを意識して、床を下げてあります。料理好きの施主と前述の勉強会ではプロの料理人が台所に入りますので、業務用厨房機器を揃えました。また、台所に2・3人入れるように一般家庭よりも広めに造ってあります。
和室は本格的な造り。宮大工さんが存分に力を発揮され、貴賓を感じます。床の間の横半間の正面に窓を設け、山の神様の燈籠と杉林が見えるようにしました。
真行草で言うと、和室の床の間は、真。囲炉裏の間の床の間は草です。造り分けに遊び心が伺えます。
濡縁と広縁にもこだわりました。あえて一室を造らずに、庭を屋外、屋内で楽しみたいと考えました。雨の日は、緑も深くなり本当に美しいです。先日、完成見学会に来られた子供連れの家族は、濡縁で楽しそうに遊んでおられました
水廻りに関しては、動線を注意深く計画しました。家事動線は勝手口を含めて、極めて短くしてあります。また、客人と家人の動線をはっきり分けることにより、ご主人とお客さんが夜更かししても、奥さんが水廻りを経由して寝室に行くことができるので、客人も家人も気兼ねなく過ごすことができます。施主の将来と奥さんのご両親が来られることに配慮して、洗面台は車椅子対応品を選択し、便所と浴室は手摺り付きのバリアフリー対策としました。
最後に、この建築は本当に素晴らしく、携わった方々に恵まれました。感謝致します。
平成20年7月21日